千葉県成田市に鎮座し、年間一千万人以上が訪れる屈指の聖地「成田山新勝寺」。初詣の参拝客数で常に全国トップクラスを誇るこの場所は、勝負運や家内安全など力強いご利益を求めて、一年中活気に満ち溢れています。
しかし、広大な境内を効率よく回るには事前の準備が欠かせません。「駐車場はどこが一番近いの?」「総門からの正しい参拝ルートは?」「行ってはいけない」という噂の真相とは?といった疑問を抱く方も多いはず。
本記事では、最新のアクセス情報や御朱印の頂き方、リアルタイムで混雑がわかるライブカメラの活用法まで徹底レビューします。この記事を読めば、成田山参拝がより深く、スムーズな体験になること間違いなしです。
成田山新勝寺の有料駐車場・無料駐車場
成田山新勝寺には公式の無料駐車場はありませんが、目的や滞在時間に合わせて選べる複数の選択肢があります。
境内まで徒歩3分!「公式(弘恵会)駐車場」
最も近くて便利なのが、成田山弘恵会(こうけいかい)が運営する3つの駐車場です。いずれも料金は普通車 800円/日、営業時間は 8:20〜16:30 です。
弘恵会 土屋駐車場
境内まで徒歩3分、約300台収容、最大規模で最も停めやすく、大型車も対応可能です。
弘恵会 田町駐車場
境内まで徒歩3分、約100台収容、「総門」に非常に近く、歩く距離を最短にしたい方に最適です。
弘恵会 本町駐車場
境内まで徒歩3分、約40台収容、収容台数は少なめですが、境内まで至近の人気スポットです。
※注意:支払いは現金のみの場合が多いため、小銭の準備を推奨します。
安さ重視・24時間利用なら「市営・民間駐車場」
「少し歩いても安く済ませたい」「夜までゆっくり食事を楽しみたい」など、という方におすすめの選択肢です。
市営東和田駐車場(地域最安・大型)
料金:1日400円
特徴: 530台収容のマンモス駐車場。24時間営業で安心ですが、境内までは徒歩約10〜15分ほど歩きます。
市営第1〜第3駐車場(短時間向け)
料金:1時間100円〜(2時間まで100円/時。短時間なら公式より安上がり)
特徴: 境内に比較的近く、サッと参拝だけ済ませたい場合に便利です。
民間コインパーキング(ナビパーク・タイムズ等)
料金:最大料金 800〜900円程度
特徴: 入庫後24時間の最大料金設定がある場所が多く、時間を気にせず観光したい方向けです。
「無料駐車場」についての注意点
結論から言うと、成田山周辺に公式の無料駐車場はありません。
近隣の大型商業施設(イオンタウン成田富里など)には無料駐車場がありますが、これらはあくまで施設利用者用です。参拝目的での長時間駐車はマナー違反となるだけでなく、境内まで20分近く歩くことになるため、基本的には公式や市営の駐車場を利用しましょう。
成田山新勝寺へのアクセス
成田山新勝寺は成田空港からも近く、公共交通機関でのアクセスが非常に充実しています。
電車でのアクセス(最寄り駅から徒歩10分)
最寄り駅は「京成成田駅」または「JR成田駅」の2つです。どちらの駅からも、活気ある表参道を楽しみながら徒歩約10分で到着します。
京成電鉄を利用する場合
京成上野駅から: 特急で約65分
空港第2ビル駅から: 約8分
お得な情報: 沿線各駅から「成田開運きっぷ」という割引乗車券が発売されており、参道の提携店で特典が受けられるため、電車派の方には特におすすめです。
JR線を利用する場合
東京駅から: 総武本線快速(横須賀線直通)で約75分
上野駅から: 常磐線・我孫子駅経由で約80分
空港第2ビル駅から: 約8分
お車でのアクセス(最寄りICから約10〜15分)
最寄りの出口は、東関東自動車道「成田IC」です。
成田ICからのルート
- 成田ICを出て国道295号線へ進みます。
- 「寺台インター」を直進し、国道408号線へ。
- 「成田山裏門入口(11番)」の信号を左折すると、左手に新勝寺が現れます。
主な所要時間(成田ICまで)
・都心(箱崎JCT)から: 約50分
・千葉市内から: 約30分
※交通安全祈祷殿(お車の祈願)へ向かう場合は、寺台インターを左折して国道51号線を進むルートになりますので、目的地設定にご注意ください。
成田空港からのアクセス
空港から非常に近いため、海外からの観光客(インバウンド)にも人気です。
電車を利用
- 京成線・JR線ともに「空港第2ビル駅」で乗車
- 「京成成田駅」 または 「JR成田駅」で下車
- 乗車1駅(約8分)で到着
注意点: 「成田エクスプレス」や「スカイライナー」は成田駅に止まらない便が多いため、快速や特急(普通運賃のみで乗れる列車)を利用するのがスムーズです。
タクシーを利用
道路状況によりますが、約15〜20分程度で到着します。
成田山新勝寺の由緒・歴史
成田山新勝寺の開山までのエピソード
成田山新勝寺の始まりは、1000年以上前、平将門の乱という国家を揺るがす大事件にまで遡ります。その舞台裏には、命を懸けた一人の僧侶と、不思議な力を持つ不動明王の物語があり、開山までのエピソードを紹介します。
939年(天慶2年)、平将門が関東で反乱を起こし「新皇」を自称。これに危機感を抱いた朱雀天皇は、弘法大師空海が自ら彫り上げ、かつて嵯峨天皇が都を守るために祈りを捧げた伝説の「不動明王像」に、乱の平定を託しました。
天皇から密命を受けたのは、寛朝大僧正(かんちょうだいそうじょう)。大僧正は、この尊像を抱えて京都・高雄の神護寺を旅立ち、難波津(現在の大阪)から船で荒波を越え、はるか東国の房総沖へと向かいました。
下総国(現在の千葉県)に上陸した寛朝大僧正は、成田の「公津ケ原(こうづがはら)」に不動明王を安置し、護摩壇を築きました。その護摩壇において、命を削るような「21日間の断食祈祷」を行い、激しく燃え上がる護摩の炎とともに、平和への祈りを捧げ続け、その結果、ついに将門の乱が終結したとの報せが届きました。
この「新たに勝利を得た」という功績を称え、朱雀天皇より「新勝寺」という寺号が授けられました。
役目を終えた寛朝大僧正は、不動明王像を再び京都へ持ち帰ろうと準備を始めます。ところが、いざ不動明王像を動かそうとすると、まるで根を張ったかのように一歩も動かなくなってしまったのです。
驚く僧正の前に、不動明王の声が響きました。
「私の願いは、この地に留まって、悩み苦しむ東国の人々を永遠に救うことにある」
この奇跡を目の当たりにした寛朝大僧正は、お不動様の意志に従い、この地に留まることを決意。これが成田山新勝寺の開山となりました。以来、1000年以上にわたり、一度も絶えることなく「御護摩」の火が焚き続けられています。
成田詣(なりたもうで)の大流行
平安時代から続く成田山が、現在のような「誰もが知る聖地」へと認知され始めたのは江戸時代です。その最大のきっかけは、一人の人気スターによるプロモーションでした。
成田詣ブームの火付け役、初代 市川團十郎と「成田屋」
成田山が江戸の庶民の間で爆発的に広まった背景には、歌舞伎役者の初代 市川團十郎の存在があります。
跡継ぎに恵まれなかった團十郎が成田山のお不動様に一心に祈願したところ、見事に長男(後の二代目團十郎)を授かりました。このエピソードに感激した彼は、感謝を込めて自らの屋号を「成田屋」と命名。
さらに、不動明王をテーマにした演目を上演し、舞台上で披露する「にらみ」がお不動様のご利益を象徴するものとして江戸っ子の間で大評判となりました。これが宣伝効果となり、成田山は一躍「江戸から行くべき聖地」となったのです。
「成田詣」が江戸のトレンドになった
團十郎の影響もあり、江戸の街では「成田詣」が空前のブームとなります。
2泊3日の小旅行:
当時、江戸から成田までは片道約65km。往復で数日を要するこの道程は、信仰はもちろん、道中の宿場町での食事や観光を兼ねた「庶民にとって最高の娯楽」として定着しました。
団体参拝「成田講」:
地域や職種ごとに「講」と呼ばれるグループが作られ、みんなで旅費を積み立てて参拝するスタイルが確立。これが現代まで続く組織的な参拝文化のルーツとなりました。
参道の賑わいと名物「うなぎ」が定着
多くの参拝客が訪れるようになり、門前町も急速に発展しました。長旅で疲れた人々のスタミナ源として、近隣の印旛沼などで獲れる「うなぎ」が振る舞われるようになり、今に続く成田山名物の地位を不動のものにしました。
成田山新勝寺のご本尊:不動明王(お不動さま)
成田山新勝寺のご本尊は、「不動明王(ふどうみょうおう)」です。
一見すると恐ろしい形相をされていますが、その正体は、どんなに救いがたい人間であっても力ずくで正しい道へと導く「究極の慈悲」を具現化したお姿と言われています。
弘法大師・空海が自ら彫った「御尊像(ご本尊像)」

成田山のご本尊は、真言宗の開祖である弘法大師空海が、一刀三礼(一彫りごとに三度礼拝する)の祈りを込めて自ら彫り上げたと伝えられる大変貴重なものです。
かつては京都の高雄山神護寺に安置されていましたが、平将門の乱を鎮めるために成田の地へと運ばれ、そのままこの地に留まられたという伝説は先ほど触れた通りです。
不動明王像のお姿に込められた意味
成田山新勝寺のご本尊・不動明王は、真言密教の最高位にある「大日如来(だいにちにょらい)」が、私たちを救うために姿を変えて現れたものです。その独特なお姿には、一つひとつに深い意味があります。
- 背後の炎(迦楼羅炎)
すべての煩悩を焼き尽くす激しい炎(知恵の火)を背負っています。 - 憤怒相(ふんぬそう)
恐ろしい顔つきは、悪を叱り、迷える人々を力ずくでも救い出すという決意の表れです。 - 右手の剣(降魔の三鈷剣)
私たちの心の迷いや煩悩を断ち切るための剣です。 - 左手の索(羂索)
煩悩から抜け出せない人々を縛り上げてでも引き上げ、正しい道へと連れ戻すための投げ縄です。 - 盤石(ばんじゃく)に座る
どんなことにも動じない、揺るぎない決意を象徴しています。
「御護摩(おごま)」とお不動さま

成田山新勝寺において、開山以来1000年以上、一日も欠かすことなく絶やさず焚き続けられているのが「御護摩(おごま)」の火です。これは単なる祈祷ではなく、「不動明王(お不動さま)の知恵の炎で、私たちの迷いを焼き尽くす」神聖な儀式です。
御護摩の主役は「お不動さまの知恵の炎」
御護摩で燃え上がる激しい火は、ご本尊・不動明王そのものを象徴しています。お不動さまが背負っている「迦楼羅炎(かるらえん)」という炎が、護摩壇の上で現実の火となって現れていると考えられています。
この炎は、私たちの心の奥底にある「むさぼり」「怒り」「愚かさ」といった煩悩(心のゴミ)を焼き清める「知恵の炎」です。
私たちの願いをお不動さまへ届ける「護摩木」
御護摩では、参拝者の願いが書かれた「護摩木(ごまぎ)」が火の中に投じられます。
これを単に「薪を燃やしている」と捉えるのではなく、「自分の悩みや願いをお不動さまの知恵の火に託し、直接受け取っていただく」という意味があります。炎が大きく立ち上がるのは、お不動さまが私たちの願いを力強く受け止めてくださっている証でもあるのです。
お不動さまの慈悲を直接いただく「御火加持(おひかじ)」
儀式の最中、僧侶が参拝者が身に付けているバッグや財布などを火にかざす「御火加持」が行われます。
これは、お不動さまの分身である「知恵の炎」のエネルギーを、自分たちの身の回りのものに直接移していただく作法です。これによって、お不動さまのご利益を日常生活の中に持ち帰ることができるとされています。
「御護摩」や「御火加持」といった儀式における、大本堂に響き渡る太鼓の音と、お不動さまの化身である燃え盛る炎。圧倒的な空間において、私たちの心とお不動さまの心が重なり合う中で一心に祈ることで所願成就できると信じられているのです
成田山新勝寺のご利益
成田山新勝寺のご利益は、一言で言えば「現世利益(げんぜりえき)」、つまり「今、この人生をより良くするための力であるご利益」が非常に強いのが特徴です。
厄除け・魔除け(国家の混乱を鎮めた「勝利の力」)
成田山が最も得意とするのが「厄除け」です。
創建の由来が「平将門の乱を鎮めたこと」にあるため、成田山のお不動さまは「目に見える敵(争い)だけでなく、目に見えない敵(厄や邪気)」を打ち破る力が圧倒的だと信じられてきました。
単に悪いことを避けるだけでなく、一歩踏み出して「困難に打ち勝つ」という能動的なパワーをいただけるとされています。
出世・商売繁盛(江戸のスターと「お稲荷様」の相乗効果)
仕事運に関するご利益も絶大です。
初代・市川團十郎が、成田山への信仰によって歌舞伎界のトップスターに上り詰めたという「実例」が江戸っ子の心を掴みました。
また、境内の「出世稲荷」には、お不動さまを支える強力な神様(荼枳尼天)が祀られており、お不動さまの「断ち切る力」と、お稲荷様の「豊かさを育む力」の両方を享受できるのが成田山の強みです。
交通安全:日本で初めて「車のお祓い」を始めた聖地
成田山といえば交通安全ですが、実はその歴史は非常に近代的です。
昭和初期、まだ車が珍しかった時代に、成田山はいち早く「交通安全祈祷」を始めました。これはお不動さまが「あらゆる道中の安全を守る」という役割も担っているからです。
成田空港が近いことから、飛行機の安全、さらには「人生の旅路」の安全を守る仏様としても信仰されています。
縁結び:厳しいお姿に秘められた「深い愛」
お不動さまは怖い顔をしていますが、その奥底には「すべての人を救いたい」という深い愛(慈悲)があります。
成田山には、恋愛成就を司る「愛染明王(あいぜんみょうおう)」も祀られており、お不動さまが「腐れ縁や悪い習慣」を断ち切り、愛染明王が「良縁」を結ぶという、非常に理にかなったご利益のフローが確立されています。
身体健全・病気平癒:新しく加わった「医薬の力」
2017年に建立された「醫王殿(いおうでん)」により、健康に関するご利益もさらに強化されました。
薬師如来(お医者さまの仏様)を祀ることで、お不動さまの生命力と、薬師如来の癒やしの力の両方を得られるようになっています。
成田山新勝寺の「総門」

2008年(平成20年)、開基1070年の記念事業として建立された「総門」。高さ約15メートルの圧倒的な規模を誇り、総欅(けやき)造りの風格は、まさに成田山の正門にふさわしい威厳を放っています。
総門の見どころ
「十二支」の木彫
総門の二階部分(楼上)の外周には、見事な木彫りの「十二支」が施されています。
自分の干支がどこにあるかを探しながら門を眺めるのが、参拝者にとっての密かな楽しみになっています。単なる装飾ではなく、時の流れと方位を司る十二支が配されることで、この門が世界の中心であることを示唆していると考えられます。
「二十四孝」の彫刻
門の欄間(らんま)部分には、中国の古い教えである「二十四孝(にじゅうしこう)」の物語が彫られています。
「二十四孝」は親孝行の尊さを説いた24のエピソードであり、それらが細密な彫刻で表現されています。お不動さまが「奉仕の心」を大切にされる仏様であるのと同様に、人間として大切な「徳」を説く意匠が、入り口であるこの総門に刻まれているのです。
蟇股(かえるまた)の木目の美しさ
総欅造りならではの重厚な質感、特に「蟇股」と呼ばれる梁(はり)を支える部材には、雲や波といった伝統的な文様が刻まれており、現代の宮大工の最高峰の技術が集結しています。
「成田山」の扁額(へんがく)
中央に掲げられた大きな「成田山」の文字。これは、成田山中興の祖とされる照範上人の筆跡を再現したものとされています。門の下に立ち、この文字を見上げることで、1000年続く信仰の歴史を肌で感じてみましょう。
成田山新勝寺に「行ってはいけない」その理由と真相
成田山新勝寺を検索するとよく目にする「行ってはいけない」という言葉。これは心霊的な恐怖ではなく、1000年以上続く日本史上最大の因縁と言っても過言ではない歴史に由来しています。
平安時代、関東で「新皇」を自称し反乱を起こした英雄・平将門(たいらのまさかど)。これを鎮圧するために、朱雀天皇の命を受けた寛朝大僧正がお不動さまを奉じて、21日間にわたる熾烈な祈祷を行いました。
その祈祷の最終日、将門公は戦死。反乱が収まったことで、祈祷に使われたお不動さまをそのまま安置して開かれたのが「成田山新勝寺」です。つまり、成田山新勝寺は「将門を倒すための場所」として誕生した経緯があるのです。
行ってはいけないのは「将門崇拝者」
将門公を「東国の英雄」や「江戸の守護神」として敬う以下の人々の間では、成田山参拝は最大のタブーとされてきました。
【神田明神の氏子・崇拝者】
将門公を主祭神として祀る神田明神(東京都千代田区)の熱心な信徒は、今でも成田山への参拝を避ける慣習があります。
【築土神社の氏子】
同じく将門公ゆかりの築土神社(千代田区)周辺の人々も、かつては成田山への参拝を控えていました。
【末裔の方々】
将門公の血を引くとされる方々も、先祖を討った場所への参拝は避けるのが通例です。
歴史を物語る有名なエピソード
神田明神との「ハシゴ参拝」もタブー視された
江戸っ子の間では、神田明神と成田山を同じ日に参拝することは「将門公を裏切る行為」として固く禁じられていました。もし行けば「加護がなくなる」「災いが起きる」と信じられていたのです。
大河ドラマ出演者の辞退
1976年、平将門を主人公とした大河ドラマ『風と雲と虹と』の放送時、主演の加藤剛さんら出演者たちは、成田山の節分会への参加を辞退しました。「将門を演じる者が、将門を討った寺へ行くわけにはいかない」という、歴史と役柄への敬意による判断でした。
一般人は参拝しても大丈夫
結論として、一般の方が参拝しても全く問題ありません。
成田山新勝寺の御朱印
成田山では、それぞれの御堂にお参りした証として、最大6種類(霊場巡りを含めると7種類)の御朱印をいただくことができます。
成田山新勝寺の御朱印一覧
成田山の御朱印は、各御堂に奉安されている「御本尊」のお名前が墨書きされます。基本となるのは以下の6種類で、初穂料は各500円。
大本堂:不動明王の御朱印
成田山の中心となる御朱印です。すべての願い、御護摩祈祷の証として授与されます。
釈迦堂:釈迦如来の御朱印
かつての本堂で、厄除け・開運を願う参拝の証として授与されます。
光明堂:大日如来の御朱印
縁結びを司る愛染明王も祀られる御堂で、深い慈悲を象徴する御朱印です。
醫王殿:薬師如来の御朱印
病気平癒や健康長寿を願う参拝の証として授与されます。
出世稲荷:荼枳尼天の御朱印
商売繁昌や出世を願う参拝者に人気の、力強い御朱印です。
平和の大塔:不動明王(梵字)の御朱印
大塔の御本尊を示す梵字が記されます。また「関東三十六不動尊霊場」の結願(けちがん)印もこちらでいただけます。
霊場巡りの御朱印
平和の大塔では、上記に加えて「関東三十六不動尊霊場 第三十六番」の御朱印も受けることができます。
限定御朱印
お正月(1月)や特別な記念行事の際には、弁財天や阿弥陀如来などの期間限定の御朱印が「特設御朱印所」などで授与されることがあります。
授与時の注意点
一箇所で全ての御堂の御朱印をまとめていただくことはできません。 それぞれの御堂を実際にお参りしてから、その御堂の受付で拝受しましょう。
御朱印帳に直書きいただくことが可能ですが、お正月などの繁忙期はあらかじめ用意された「書き置き御朱印」での授与になる場合があります。
諸堂の見どころ
成田山新勝寺には、大小さまざまな諸御堂が14カ所もあり、見どころは満載です。
大本堂(だいほんどう)

昭和43年(1968)に建立された、成田山で最も重要な「御護摩祈祷」を行う中心道場です。
【御本尊】
不動明王。向かって右に矜羯羅(こんがら)童子、左に制咤迦(せいたか)童子を従えています。
【奉安】
四大明王や平成大曼荼羅などが祀られています。
どなたでも堂内に入ってお参りいただけます。車椅子用エレベーターも完備されており、安心です。外から眺めるだけでなく、ぜひお堂に上がって、お不動さまを間近に感じる荘厳な空気感を体験してください。
平和の大塔(へいわだいとう)

昭和59年(1984)に建立された、真言密教の教えの根本を象徴する総高58mの巨大な塔です。各階の構成は以下となっています。
1階: 大塔入口。成田山の歴史展示や、精神修養の場である「写経道場」があります。
2階(明王殿): 大塔のご本尊である不動明王、四大明王、昭和大曼荼羅などが奉安されています。
5階(金剛殿): 智慧の象徴である五智如来(ごちにょらい)が祀られています。
内部を見学することができ、1階では写経体験の受付も行っています。
2階の不動明王は、大本堂とはまた違った圧倒的な迫力があります。5階からは境内の広がりを感じることもでき、写経体験で心を整えるのにも最適な場所です。
三重塔(さんじゅうのとう)

正徳2年(1712)に建立された国指定重要文化財。総高27mの、江戸時代を代表する華麗な塔です。
【御本尊】
塔内には大日如来を中心に、五智如来(ごちにょらい)が奉安されています。
【建築の見どころ】
各層の垂木(たるき)が一本の木から作られた「一枚垂木」という大変珍しい手法が用いられています。周囲には精巧な「十六羅漢」の彫刻が施されており、その芸術性の高さは圧巻です。また、極彩色の文様が施されており、建立当時の江戸の美意識を現代に伝えています。
釈迦堂(しゃかどう)

安政5年(1858)に建立された国指定重要文化財。大本堂が建立される前の「本堂」であり、江戸時代後期の贅を尽くした総欅(けやき)造りの御堂です。
【御本尊】
仏教の開祖である釈迦如来。さらに、普賢、文殊、弥勒、千手観音の四菩薩を従えています。
【彫刻の見どころ】
周囲には「五百羅漢(ごひゃくらかん)」や、親孝行の教えを描いた「二十四孝(にじゅうしこう)」の精巧な彫刻が施されており、美術的価値も非常に高い建物です。
現在は、開運厄除(やくよけ)の祈祷所として、多くの参拝者が訪れています。
御堂をぐるりと一周してみてください。壁一面に広がる「五百羅漢」の彫刻は、一人ひとり表情が異なり、当時の職人の情熱に圧倒されると思います。
光明堂(こうみょうどう)

元禄14年(1701)に建立された国指定重要文化財。釈迦堂のさらにひとつ前の「本堂」であり、成田山における江戸時代中期の傑作建築です。
【諸尊】
大日如来(中心)、恋愛成就や縁結びを司る愛染明王(あいぜんみょうおう)、そして不動明王が奉安されています。
【奥之院】
お堂の後方には「奥之院」の洞窟があり、毎年7月の成田山祇園会の期間中のみ特別に開扉されます。
現在は「縁結び」の祈願所として、良縁を願う多くの参拝者に親しまれています。
ここに祀られている愛染明王は、真っ赤なお姿で「愛」を司る仏様です。大切な人との縁や、仕事の良縁を願うなら必ず訪れたい場所です。
額堂(がくどう)

文久元年(1861)に建立された国指定重要文化財。ご信徒から奉納された額や絵馬を大切に掲げるためのお堂で、昭和61年(1986)に大規模な修復が行われました。
【見どころ】
江戸時代に奉納された貴重な絵馬の数々や、様々なモチーフの彫刻が所狭しと並んでおり、当時の人々の信仰の厚さを間近で見ることができます。
【安置諸尊】
堂内には、成田山を篤く信仰した七代目市川團十郎の石像が奉安されています。
絵馬の芸術性もさることながら、建物自体の彫刻も非常に見応えがあり、成田山の歴史と文化を象徴する場所の一つです。
ここには、かつて人々が「お不動さま、願いを叶えてください!」と託した想いが形となって残っています。特に市川團十郎の石像は、成田山と歌舞伎の深い絆を感じさせる必見ポイントです。
一切経堂(いっさいきょうどう)

享保7年(1722)に建立され、文化6年(1809)に再建された歴史ある御堂です。これまで何度も修復を重ねながら、その荘厳な姿を守り続けています。
【内部の宝物】
堂内の中心にある「輪蔵(りんぞう)」には、一切経(約2,000冊)という仏教の教えを網羅した経典が納められています。
【見どころ】
入口に掲げられた扁額(看板)は、江戸時代の名君として知られる松平定信公の直筆によるもので、その達筆な文字も必見です。
仏教の全ての教えがここに集まっているとされる、非常に徳の高い空間です。
非常に落ち着いた雰囲気のお堂で、成田山の長い歴史の中で大切にされてきた「教え」の重みを静かに感じることができる場所です。
出世稲荷(しゅっせいなり)

明治21年(1888)に再造。大本堂の左手にある階段を上った高台に、ひっそりと、しかし力強く佇んでいます。
【御本尊】
荼枳尼天(だきにてん)。江戸時代に成田山を篤く信仰した佐倉藩主・稲葉正通公によって寄進されました。
【ご利益】
商売繁昌、開運成就、火伏せ。古くから「出世稲荷」と呼ばれ、仕事運アップや成功を願う人々から絶大な信頼を寄せられています。
お不動さまの慈悲を支える強力な神様として、成田山の中でも独自の存在感を放っています。
参拝時には、お狐さまの大好物である「油揚げ」をお供えするのが習わしです。階段を上るのは少し大変ですが、登り切った先には凛とした清々しい空気が流れています。
聖徳太子堂(しょうとくたいしどう)

平成4年(1992)に建立され、平成19年(2007)に修復されました。日本の仏教興隆の祖である聖徳太子の理念に基づき、「世界平和」を願って建てられた六角形のお堂です。
【安置諸尊】
聖徳太子像が奉安されています。
【見どころ】
堂内には、現代日本画の巨匠・大山忠作画伯による壁画が6面にわたって描かれており、芸術的にも非常に価値の高い空間となっています。
仏教を通じて平和を求めた聖徳太子の精神を、今の時代に伝える祈りの場です。
美しい六角形の建築様式と、内部を彩る色彩豊かな壁画が見事に調和しています。歴史の古さとはまた違った、現代の荘厳さを感じられるスポットです。
醫王殿(いおうでん)

開基1080年祭記念事業として、平成30年(2018)に建立されました。木造総檜(ひのき)造り、一重宝形造(いちじゅうほうぎょうづくり)の美しい様式が特徴の新しい御堂です。
【安置諸尊】
薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)を中心に、日光菩薩、月光菩薩、そして周囲を守る十二神将が奉安されています。
【ご利益】 病気平癒、健康長寿。
お不動さまの強いお力に加え、仏教界のお医者さまである薬師如来の癒やしをいただくための祈祷所となっています。
建物から漂う檜の清々しい香りが、心身を浄めてくれるような感覚になります。健康面で気になることがある方は、ぜひゆっくりとお参りしていただきたい場所です。
仁王門(におうもん)

天保元年(1830)に再建された国指定重要文化財。成田山の聖域を守る強固な門として、古くから参拝者を迎えてきました。
【安置諸尊】
門の左右には、凄まじい迫力で邪気を払う密迹金剛(みっしゃくこんごう)と那羅延金剛(ならえんこんごう)の二尊(仁王像)が奉安されています。また、門の裏側(裏仏)には広目天と多聞天が配され、四方からの守りを固めています。
【見どころ】
中央に掲げられた巨大な提灯は、「魚がし(うおがし)」の文字が刻まれた魚河岸講(築地などの魚市場の人々)による奉納品で、成田山のシンボルの一つです。
門全体に施された緻密な彫刻や、幾重にも重なる屋根の造作は、江戸時代後期の建築技術の粋を集めています。
門をくぐる際、ぜひ上を見上げてみてください。巨大な提灯の底には、見事な龍の彫刻が施されています。細部にまで宿る職人のこだわりは必見です。
総門(そうもん)

開基1070年の記念事業として、平成20年(2008)に建立された成田山の正門です。高さ15mの重厚な総欅(けやき)造りで、参拝者を最初に出迎える荘厳な「表玄関」です。
【楼上の奉安】
二階部分(楼上)には、八体の生まれ歳守り本尊が奉安されています。
【彫刻の見どころ】
梁を支える「蟇股(かえるまた)」には、精巧な十二支の木彫刻が施されています。
欄間には「二十四孝(にじゅうしこう)」の親孝行の物語が彫られており、芸術的な美しさを誇ります。
門をくぐる前に、ぜひ自分の干支がどこに彫られているか探してみてください。表玄関として邪気を払い、清らかな気持ちで境内へ導いてくれる場所です。
薬師堂(やくしどう)

明暦元年(1655)に建立された、成田山に現存する最古の御堂です。3代前の本堂であり、歴史の深さを最も直接的に感じられる場所です。
【御本尊】薬師如来。
【歴史的価値】
水戸黄門で知られる徳川光圀公や、成田山との縁が深い初代市川團十郎も実際に参詣したという記録が残っています。
開基1080年祭の記念事業として、平成25年(2013)に境内整備と堂宇(どうう)の修復が行われ、落慶しました。
成田山の信仰が始まった初期の空気感を今も残す、非常に貴重な聖域です。豪華絢爛な現在の大本堂と比較すると、当時の人々がどのような祈りを捧げていたのか、その源流に触れることができます。
阿弥陀堂(あみだどう)
開基1090年の記念事業の一環として、令和7年(2025)に旧阿弥陀堂より遷座した最新の御堂です。
【御本尊】
無限の命を救済する仏さまである阿弥陀如来。脇侍として仕える観世音菩薩・勢至菩薩とともに「弥陀三尊(みださんぞん)」として奉安されています。
【安置諸尊】
閻魔王(えんまおう)をはじめとする十王(じゅうおう)も祀られています。十王は亡き人の生前を振り返り、来世を導く役割を担うと信仰されています。
延命長寿のご利益があるとされ、智慧と慈悲によって、生きとし生けるものを救う祈りの場として大切にされています。
最新の御堂でありながら、十王の信仰といった伝統的な精神を色濃く受け継いでいます。長寿を願うとともに、自分自身のこれまでの歩みを振り返るような穏やかな参拝におすすめです。
成田山新勝寺の年間行事一覧
【1月】
・元朝大護摩供: 元旦の午前0時から行われる、新年初の御護摩祈願です。
・七草御印紋(ななくさごいんもん): 1月7日〜28日。お不動さまを表す梵字の朱印を額に押し、無病息災を祈念します。
・大般若会(だいはんにゃえ): 大般若経600巻を転読し、その風にあたることで一年の無病息災を願います。
【2月】
・節分会(せつぶんえ): 大相撲の力士や俳優が参加して豆をまき、国土安穏や五穀豊穣を祈ります。
・星供祈祷会(ほしくきとうえ): 節分から一週間、個人の運勢を左右する「星」を供養し、除災招福を祈ります。
・出世稲荷祭礼: 「二の午」の日に、商売繁昌を願って行われるお稲荷さまの祭典です。
【3月】
・梅まつり: 成田山公園に咲き誇る約460本の梅を愛で、春の訪れを祝います。
・十箇座十万遍修行(じっかざじゅうまんべんしゅぎょう): 10日間にわたりお不動さまの御真言を計十万遍お唱えする修行です。
【4月】
・成田太鼓祭: 全国の和太鼓チームが集結し、壮大な演奏が繰り広げられる春の風物詩です。
・釈尊降誕会(しゃくそんごうたんえ): お釈迦さまの誕生をお祝いし、誕生仏に甘茶を注ぐ「花まつり」が行われます。
【5月】
・平和大塔大法会: 世界平和と家庭の幸福を祈願する、平和の大塔での重要な法会です。
・御本尊上陸聖地報恩大法会: お不動さまが関東に上陸された地(尾垂ヶ浜)にて、感謝の誠を捧げます。
【6月】
・両祖大師(弘法大師・興教大師)御誕生慶祝法会: 真言宗の祖師である両大師の誕生をお祝いする法要です。
・弁財天祭礼: 音楽や財福を司る弁財天堂で、年に一度の特別加持が行われます。
【7月】
・成田山祇園会(ぎおんえ): 成田山最大の夏の祭典。豪華な山車や屋台が巡行し、奥之院が特別開扉されます。
・暁天(ぎょうてん)講座: 夏の早朝、朝護摩の後に各界の講師による法話が行われます。
【8月】
・施餓鬼(せがき)大法会: すべての亡き魂に供養を捧げ、自分たちの心も清める仏事です。
・みたま祭り盆踊り大会: ご先祖さまへの感謝を込めて、境内で盆踊りが行われます。
【9月】
開運厄除 柴灯大護摩供(さいとうだいごまく): 野外で大きな炎を焚き、心願成就を祈る山伏伝来の勇壮な儀式です。
【10月】
・七五三祝祷: お子さまの健やかな成長と学業成就を願い、御護摩祈祷が行われます。
・菊花大会: 11月中旬まで、丹精込めて育てられた色とりどりの菊が境内に展示されます。
【11月】
紅葉まつり: 成田山公園の広大な敷地が赤や黄色に染まり、野点(お茶会)なども行われます。
【12月】
・釈尊成道会(しゃくそんじょうどうえ): お釈迦さまがお悟りを開かれたことを慶祝する法要です。
・納め不動: 12月28日、一年最後のお不動さまの縁日。一年の加護に感謝を捧げる「お焚き上げ」が行われます。
成田山新勝寺のライブカメラ配信
大本殿周辺と総門前の様子をライブカメラで紹介しています。以下の画像をクリックするとライブカメラを視聴できます。
ライブカメラ配信をご覧いただくには、以下の記事をクリック、または、上記画像をクリックしてください。

成田山新勝寺 基本情報
【住所】千葉県成田市成田1
【電話番号】0476-22-2111(代表)
【参拝時間】24時間可能(門扉がないため境内にはいつでも入れますが、夜間は足元にご注意ください)
【祈祷・授与所受付時間】8:00〜16:00(季節や行事により前後します。お護摩祈祷の時間は回次によります)
【ご本尊】
不動明王(ふどうみょうおう)
※寛朝大僧正が、弘法大師空海自らが敬刻開眼した御尊像を奉持して開山しました。
【ご利益】
家内安全、交通安全、商売繁昌、災難消除
病気平癒(醫王殿)、縁結び(光明堂)、出世(出世稲荷)
※「諸願成就」として、あらゆる願いに寄り添うお不動さまとして信仰されています。
【公式サイト】https://www.naritasan.or.jp/
成田山新勝寺の記事まとめ
成田山新勝寺の歴史は、今から1000年以上前、平安時代の乱世を鎮めるために捧げられた「平和への祈り」から始まりました。開山以来、一度も絶やされることなく続く「御護摩」の火は、人々の悩みや迷いを焼き尽くし、明日を生きる勇気を与え続けています。
重厚な歴史を誇る「仁王門」や「釈迦堂」、最新の「阿弥陀堂」や「醫王殿」、そして仕事運を支える「出世稲荷」。広い境内のどこを歩いても、そこには古今変わらぬ人々の切なる願いと、それを受け止める仏さまの懐の深さが息づいています。
「行ってはいけない」という噂の裏側にあったのは、かつての英雄・平将門公を慕う人々の、律儀なまでの敬意でした。その背景を知ることで、私たちはこの場所が持つ「祈りの強さ」をより深く理解することができます。
成田山は、いつ、誰が訪れても、その時のあなたに寄り添ってくれる場所です。歴史を肌で感じ、四季折々の行事に触れ、清々しい御朱印をいただく。そんな特別なひとときを過ごしに、ぜひ成田山へ足を運んでみてください。




