長野県諏訪市に鎮座する八剱神社(やつるぎじんじゃ)。諏訪の冬の風物詩「御神渡り」の判定を司る神社として、その名は全国的に知られています。 諏訪湖の氷が山脈のように盛り上がる神秘的な現象の御神渡りは、古来より神の足跡と信じられてきました。この記事では、御神渡りに関してだけではなく、八剱神社の歴史、ご祭神・ご利益や御朱印などに至るまで、その魅力を詳しく解説します。
八剱神社の由緒・歴史
八剱神社の創建は平安時代にまで遡ると伝えられており、古くから諏訪湖の守護神として地域住民に崇敬されてきました。
最大の特徴は、室町時代の記録も残る諏訪湖の結氷現象「御神渡り(おみわたり)」の判定を司る伝統を今に伝えている点です。
諏訪湖の中にあった守護神「元宮」

八剱神社は高島城がある場所に鎮座していた
かつて八剱神社は、上諏訪に近い「高島(たかしま)」と呼ばれる地に鎮座していました。 当時は陸路の整備が未熟で、山に囲まれた諏訪において、湖を直線的に突っ切る「船」は圧倒的に効率的な物流の主役でした。八剱神社は「航海安全の守護神」として、船の通行料や新造時の寄進(造船費用)を管理しており、その経済力で社殿が造営されるほどの権威を誇っていました。
しかし天正19年(1591年)、豊臣秀吉の家臣・日根野高吉による「高島城」築城のため、神社は現在の地へと集団移転します。現在、高島城がそびえ立つ場所こそが、八剱神社の「ふるさと」なのです。
世界最古級の気象記録「御渡帳(みわたりちょう)」
八剱神社が約400年も守り続けてきたのが「御神渡り帳」の記録です。江戸時代の天和3年(1638年)から続くこの御神渡り帳の記録は、現在も神社で大切に保管されています。 これは「民間による継続的な自然観測記録」としては世界最古級であり、全世界の気象学者からも注目されるほどの歴史的価値があり、ハーバード大学などの研究機関から、地球温暖化の進行を証明する一級の科学データ(気候復元資料)として世界的に注目されています。
御神渡り拝観式とは?
「御神渡り」とは、厳しい寒さで諏訪湖が全面結氷した際、氷が膨張して山脈のように盛り上がる自然現象のことです。八剱神社が執り行う「拝観式」は、この現象を神の足跡として正式に認定する極めて重要な神事です。
- 御神渡りは、上社に鎮座する「建御名方神(男神)」が、下社にいる妃の「八坂刀売神(女神)」のもとへ通った跡であると伝えられています。
- そして、盛り上がった氷の走り方を見て、その年の世相や農作物の豊凶を占います。その記録は古くから「御渡帳(みわたりちょう)」に記され、貴重な歴史資料となっています。
- 氷の道ができたのを確認すると、八剱神社の宮司や総代が現地で「拝観」を行い、その後、諏訪大社へ「御注進(報告)」を行います。
御神渡りについてライブカメラ付きで徹底解説している以下のい記事もあわせてお読みください。

天下人たちが認めた「御神渡り」の重要性
戦国時代から江戸時代にかけて、この地を治めた天下人たちは、八剱神社が司る「御神渡り拝観式」を単なる自然現象ではなく、国を治めるための重要な指針として重んじました。
武田信玄と「龍朱印状」
信玄は、八剱神社に対して土地の保証と税の免除を約束する「龍朱印状」を与えました。信玄にとって、御神渡りによる豊凶占いは領国経営に欠かせない情報でした。神社を公的に保護することで、その鑑定の権威を武田軍が保証したのです。
徳川家と「葵の御紋」
徳川家康の六男・松平忠輝は、諏訪での幽閉生活の中で八剱神社を深く崇敬しました。その証として寄進された「葵の御紋入り刀架」が今も遺されています。江戸時代、歴代の高島藩主も正月には必ず参拝に訪れるなど、神社は「城の鎮守(守護神)」として藩を挙げて守られてきました。
【参拝ゴシュインマンによるワンポイント】
八剱神社は、いわば「諏訪の記憶の保管庫」です。 かつては「物流の要」である諏訪湖の通行を管理する実力を持っていましたが、お城を建てるために土地を譲り、場所を変えてもなお、村人たちと一緒に「冬の象徴」を記録し続けてきました。 こうした地域の経済・政治・信仰の中心として歩んできた確かな歴史があるからこそ、今もなお諏訪大社へ神事を報告する「唯一無二の役割」を担っている、と考えてもいいです。
八剱神社のご祭神
八剱神社には、主祭神として「八剱大神(やつるぎおおかみ)」が祀られています。これは特定のひと柱を指すのではなく、以下の八柱(やつはしら)の神々の総称です。
八柱もの神々が、「主祭神」として同格に祀られているケースは、全国的にもかなり珍しいと言えます。
祀られている八柱の神々
- 日本武尊(やまとたけるのみこと):草薙剣を振るった伝説の英雄
- 素盞嗚命(すさのおのみこと):草薙剣を大蛇の尾から見出した神
- 大己貴命(おおなむちのみこと):国造り・縁結びの神(大国主命)
- 誉田別命(ほんだわけのみこと):武運を司る八幡様(応神天皇)
- 沼河比売命(ぬなかわひめのみこと):諏訪大社祭神の母君である女神
- 弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと):日本武尊を救った献身の妃
- 倉稲魂命(うかのみたまのみこと):五穀豊穣を司るお稲荷様
- 大山祇命(おおやまつみのみこと):山々を統べる守護神
神話・エピソードとご利益の由来
強いご利益で知られている八剱神社、その理由を祀られている神々のエピソードから説明します。
草薙剣の霊力と「厄除け・勝利」
日本武尊が東征の際、敵の火攻めに遭ったときに、帯びていた「草薙剣(天叢雲剣)」で周囲の草をなぎ倒し、向かい火を放って難を逃れたという有名な伝説があります。八剱神社はこの剣の神威を象徴する場所です。 このことから、人生の「困難を切り拓く」「災難をなぎ倒す」という強力な厄除け・勝負運のご利益があるとされています。
諏訪の女神「沼河比売命」との縁
八柱の中には、諏訪大社の御祭神・建御名方神(たけみなかたのかみ)の母君である沼河比売命も含まれています。 これにより、八剱神社は諏訪大社本宮とも深い血縁・地縁で結ばれており、諏訪大社に代わって「御神渡り」という重大な神事を司る正当性が、神話の裏付けによって証明されているのです。
八剱=「八つの剣」による四方の守護
「八」という数字は古来より「末広がり」や「全て(無限)」を意味する聖数です。八柱の神々がそれぞれの剣(霊力)を持って、あらゆる方向から私たちを守護してくださると考えられています。 このため、個人の勝負事だけでなく、家内安全や方位除けにも強い御神徳を発揮すると信じられ、地域一帯を広く守り続けています。
【参拝ゴシュインマンによるワンポイント】
八剱神社と諏訪大社には、非常に密接な関係があります。 まず、ご祭神の一柱である「沼河比売命」は、諏訪大社の神様(建御名方神)の母君にあたります。つまり、諏訪大社のルーツを祀っているといえます。 さらに、冬の「御神渡り」は諏訪大社の神様にまつわる現象ですが、その現象を正式に鑑定し、諏訪大社へ報告するのはこの八剱神社の役割です。いわば「諏訪大社の神事を支える最重要パートナー」という特別な地位にあるのが八剱神社なのです。
八剱神社のご利益
八剱神社に祀られる八柱の神々は、それぞれが強力な守護力を持ち、それらが組み合わさることであらゆる願いに応える「総合的なご利益」を生み出しています。
必勝祈願・武運長久・厄除け
関連神:日本武尊(やまとたけるのみこと)、素盞嗚命(すさのおのみこと)
日本神話における二大「武神」です。日本武尊は東征の際、三種の神器の一つ「草薙剣(くさなぎのつるぎ)」を用いて絶体絶命の危機を脱しました。また、素盞嗚命はその剣の元の持ち主であり、八岐大蛇を退治した英雄です。 この最強の師弟のような二柱が揃うことで、「困難を切り拓く」「勝負に勝つ」「悪運を断ち切る」という極めて強力な開運・厄除けの力が宿るとされています。
家内安全・夫婦和合
関連神:日本武尊 & 弟橘比売命(おとたちばなひめのみこと)
弟橘比売命は日本武尊の妃です。東征の航海中、嵐を鎮めるために夫を救おうと自ら海へ身を投じたという、献身的な愛の物語で知られています。 この二柱が共に祀られていることから、「夫婦の絆を深める」「家族を災難から守る」というご利益があると信じられています。
五穀豊穣・商売繁盛
関連神:倉稲魂命(うかのみたまのみこと)、大山祇命(おおやまつみのみこと)
倉稲魂命はいわゆる「お稲荷様」であり、食物と商いの神様です。大山祇命は山の神であり、古くは農耕の神としても崇められてきました。 八剱神社では、さらに「御神渡り」による豊凶占いの歴史が加わるため、「その年の運気を見極め、豊かな実り(利益)をもたらす」という、実利的な守護の力が非常に強いのが特徴です。
縁結び・子宝
関連神:沼河比売命(ぬなかわひめのみこと)、大己貴命(おおなむちのみこと=大国主命)
出雲の王・大国主命が、北陸(高志の国)の美しき女王・沼河比売命に求婚し結ばれたという神話に基づいています。島根(出雲)と新潟(北陸)という遠く離れた地同士が「愛」によって結ばれたことは、「遠方との縁」や「困難を越えた良縁」を繋ぐ象徴とされています。
この二柱の間に生まれたのが、諏訪大社の祭神・建御名方神です。彼は出雲から逃れる際、母の故郷である北陸(糸魚川周辺)を経由し、姫川を遡って諏訪の地へ入ったと伝えられています。北陸から諏訪へと繋がるこの「生命と移住のルート」は、新しい命を育み、新天地で繁栄をもたらす力の源泉。諏訪の神様の「母親」である沼河比売命は、「子宝」「安産」「子孫繁栄」の守護神として篤く信仰されています。
【参拝ゴシュインマンによるワンポイント】
普通の神社は「一芸に秀でた専門医」のような場所が多いけれど、八剱神社はまさに「神界の総合病院」。 武力、知恵、愛、豊かさ、それぞれの分野のトップクラスの神様が八柱も揃っているからこそ、どんな悩みを持って行っても「どれかの神様が必ず拾ってくれる」という安心感があるんだよ。これこそが、八柱全員を主祭神として祀っている最大の強みだね。
八剱神社の見どころ(境内紹介)
八剱神社の境内には、かつて「高島城の鎮守」として藩を挙げて守られてきた名残を感じさせる、風格ある建造物が並んでいます。
参道入口と鳥居

参道の入り口に立つ大きな石造りの鳥居です。傍らに立つ「縣社 八剱神社」と刻まれた社号標とともに、参拝者を格式高く迎えてくれます。手前には小さい石橋がありますが、かつて石橋の下に流れていた水路が埋め立てられてしまい、今は面影を留めるだけとなっています。
手水舎(てみずや):硫黄が香る温泉手水

温泉手水舎、温かいお湯が出ています
鳥居の手前左側にある手水舎は、全国でも極めて珍しい温泉のお湯でお清めできる手水舎です。温度はぬるめで、しっかりと硫黄の香りがするので温泉のお湯であることがわかります。
神楽殿(かぐらでん):伝統を伝える舞台

鳥居をくぐり、そのまま直進した拝殿の手前に位置し、祭事の際に神楽が奉納される舞台です。格子戸が特徴的な風格ある木造建築で、かつて諏訪湖の恩恵を受け、藩主からも愛された神社の歴史的な厚みを感じさせる造りとなっています。
拝殿:匠の技が光る精緻な社殿彫刻

拝殿は神楽殿の裏手に位置し、神楽殿の左側を進むとその姿が現れます。江戸時代後期の見事な木工技術が集結した見事な建築です。
現在の拝殿は嘉永元年(1848年)に再建されたもので、彫刻は諏訪を代表する彫刻師の家系「立川流」二代富昌の次男、立川専四郎富種(たてかわ せんしろう とみたね)が手掛けました。

上部には鳳凰、下部には龍の彫刻、すべてが精緻で美しい
特に向拝(参拝する場所の屋根部分)や軒下には、巧みなノミさばきで彫り上げられた龍、獅子、鳳凰などが飾られています。これらは神話や吉祥を題材としており、立川流特有の非常に緻密で立体的な表現が特徴です。
今にも動き出しそうな精密さ 一彫り一彫りに魂が宿っているかのような躍動感があり、当時の諏訪がいかに高い文化レベルと技術力を誇っていたかを物語っています。
【参拝ゴシュインマンによるワンポイント】
拝殿の彫刻をじっくり見上げると、その精密さに圧倒されます。 諏訪の「立川流」といえば、当時全国から注文が殺到した超エリート集団。そんな名工が手掛けた彫刻を、こうして間近で鑑賞できるのは素晴らしいことです。彫刻の陰影が浮かび上がっていて、龍や鳳凰が今にも空へ舞い上がりそうな迫力を感じるはずです。
八剱神社の御朱印
中央に「八剱神社」の朱印、そして力強く凛とした筆致の揮毫が特徴です。御神渡りを司る神社にふさわしい、荘厳な風格を漂わせています。
初穂料:500円
受付場所:境内右手の社務所にていただけます。
八剱神社の基本情報
【 所在地 】:長野県諏訪市小和田13-18
【 電話番号 】:0266-52-3363(八剱神社 社務所)
【 拝観時間 】:24時間(※御朱印・授与品の受付は9:00〜16:00頃まで)
【 拝観料 】:無料
【 駐車場 】:あり(境内横に数台分・無料)
【 御利益 】:必勝祈願、武運長久、厄除け、家内安全、夫婦和合、五穀豊穣、商売繁盛、良縁成就
【 主要神事 】:御神渡り拝観式(1月〜2月)、例大祭(10月)、式年造営御柱大祭(寅年・申年)
【 文化財/見どころ 】:立川流・彫刻(拝殿)、温泉手水、御渡帳(世界最古級の気象記録)、武田信玄龍朱印状、松平忠輝寄進の刀架
【 公式サイト】:諏訪市観光ガイド 八剱神社ページ(※公式HPはないため、観光連盟等の情報を参照)
八剱神社へのアクセス
最寄り駅:JR中央本線「上諏訪駅」
電車をご利用の場合
- 東京方面より:新宿駅から特急「あずさ」で約2時間10分。
- 名古屋方面より:名古屋駅から特急「しなの」で塩尻駅へ、そこから特急「あずさ」または普通列車に乗り継ぎ、合計約2時間30分。
上諏訪駅から神社までは、歴史ある街並みを散策しながらの移動がおすすめです。
徒歩ルート・徒歩所要時間
上諏訪駅から徒歩 約15分
- 上諏訪駅「出入口1(霧ヶ峰口)」を出て直進します。
- 最初の大きな交差点を左折し、並木通りを南下(岡谷・下諏訪方面へ)。
- ほのかに温泉の香りが漂う上諏訪の情緒ある路地を抜け、小和田交差点付近を目指すと、左手に重厚な石鳥居が見えてきます。
自動車をご利用の場合
中央自動車道「諏訪IC」から約15分。
国道20号線を上諏訪駅方面へ進み、「上諏訪駅前」交差点を経由して現地へ。
※「御神渡り」の神事期間中は周辺が混雑するため、公共交通機関または近隣の市営駐車場の利用も推奨されます。
記事まとめ
八剱神社は、諏訪の歴史、経済、そして神秘的な「御神渡り」のすべてを見守ってきた聖域です。
かつては諏訪湖の水運を支配し、造船費用で社殿を建てるほどの経済力と権威を持っていました。しかし、天下人の命によってお城の場所を譲り、現在の地に移ってもなお、世界最古級の気象記録を約400年も守り続けてきたその歩みを知ると、一歩境内に足を踏み入れた時の空気感も違って感じられるはずです。
名工・立川流の精緻な彫刻を見上げ、珍しい「温泉手水」で手を清める時間は、心洗われる特別な体験になります。冬の結氷を待つ時期はもちろん、冬以外の季節にも由緒ある歴史に触れに、ぜひ参拝してみてください。


